【東京葬儀】「ちょうどいい家族葬」専門店

墨田区のおすすめ斎場と葬儀体験談

墨田区には斎場が少なく、火葬場が併設されている斎場はひとつもありません。

そのため、墨田区内で葬儀を執り行いたい場合には、葬儀の後に他の区にある火葬場への移動が必要になります。

近いところだと、荒川区の「町屋斎場」や葛飾区の「四ツ木斎場」などでしょう。

もしも火葬の際の移動が面倒に感じるのであれば、はじめから他の区の斎場を利用してしまっても良いかもしれません。

墨田区のおすすめの斎場

墨田区にはもともと斎場がそれほど多くなく、ほとんどの斎場が寺院の運営によるものです。

どうしても墨田区内で葬儀を執り行いたい場合には、葬儀を終えた後に他の区の火葬場まで移動しなければいけません。

ですが、大規模な葬儀を執り行える大きめの斎場はあるので、参列者が多い葬儀で困ることはあまりないでしょう。

墨田区内で大規模な葬儀を執り行えるのは、「春慶寺」です。

5階建ての建物で、各フロアに式場があります。小さな規模の葬儀から大きな規模の葬儀まで、要望に合わせてどのような葬儀にも対応してくれます。

他の喪家を気にせずアットホームな葬儀を執り行いたい場合には、「福厳寺」が良いかもしれません。

昔から赤門寺と呼ばれて地域の人たちに親しまれている寺院で、式場は貸し切りタイプになっています。

「慈光寺」も貸し切りタイプの斎場で、式場には最大で60名まで収容できます。

執り行いたい葬儀の規模に合わせて、最適な斎場を選んでいきましょう。

火葬を行うときには近くの斎場に移動する

墨田区内には葬儀から火葬までまとめて執り行える斎場がないため、
火葬を行うときには火葬場が併設されている斎場まで移動しなければなりません。

近いところだと、荒川区の「町屋斎場」や葛飾区の「四ツ木斎場」になります。
どちらも大きな斎場で、他の地域からも葬儀・火葬を行うために沢山の人が集まってきます。

家族や親戚が亡くなったら、すぐに予約の連絡を入れられるようにしておきたいですね。

墨田区の葬儀体験談

都会でも田舎でもほとんど同じような形でした

夫の叔父が癌で亡くなり、葬儀に参列しました。

東京の葬儀に参列するのは久しぶりでしたが、形としては田舎(北関東)とほとんど変わりませんでした。

しかし、叔母がこのときは車椅子生活でしたので、それが少し大変だったかもしれません。

斎場でも車椅子用のトイレが少なく、精進落としの際にはエレベーターで1階まで降りるというような状態でした。

また火葬場への移動もバスに車椅子を乗せられないために、叔母を抱えて席まで連れて行き、車椅子は荷物置き場に積むという形でした。

後で、車椅子用のタクシーをオーダーすれば良かったと気づきましたが、後の祭りでした。

余りできない経験ができたことは貴重だと思っています。

これから、我が家の廻りでは葬儀が増えることでしょう。
きっと何かの役に立つと思っています。

初めての湯灌、想像よりもきもちが穏やかに

通夜には湯灌という儀式があり、湯灌の時は参列した親戚一同、誰も今まで経験したことはなく、やはり不思議そうに見ていました。

内容的には初めてのものでしたが、担当した納棺師の人の手さばきは見事なものでした。

途中から私たち親族全員が参加できる流れになっていました。
1人ずつ順番に洗ってあげて、拭いてあげる中で、関わることが大切な儀式だったような気がします。

その後、納棺の儀式の時にも、ワタで作った羽織、袴を形取って行きます。

これも初めで見ましたが、やはり見事なもので、見る見る間に綿の塊が綺麗な羽織、袴になっていきます。

そして、湯灌の時と同じように、親戚の一人一人がもたせるとものを棺にいれたり、ありにわらじを履かせたり数珠をもたせたりと、全ての流れに参加できる内容でした。

墨田区で親戚のおじさんのお葬式に参列しての感想

墨田区で父方の親戚のおじさんが住んでおり、まだ、50代にも関わらず、突然の事故で亡くなってしまいました。

おじさんの子供が私と同年代の20代で大学に進学したばかりで、まだまだ、早すぎる死ではないかと非常に辛かったのを覚えております。

また、葬式という場ではありますが、流れていたBGMがおじさんの好きだった洋楽のロックなどが流れていました。

また、バンドをやっていらっしゃったようでバンドのメンバーの方が演奏を行ったり、故人が好きだったことをやるのは非常に良いと思いました。

また、葬式業者側の対応もスムーズで良く、食事の場などでドリンクなどが待たされることなく対応が良かったです。

私も大学生の頃、バンドをやっていましたので葬式はライブ演奏などをしてほしいと思いました。

墨田区在住の祖父の葬式の体験について

私の祖父が亡くなった際の体験についてお話をしたいと思います。

私の祖父は肺がんが見つかり、亡くなる三年程前から、入退院を繰り返していました。

突然の死ではなかったので生前にお別れの挨拶が出来たことは非常に恵まれていました。

なので、葬式の準備や葬式の内容についても祖父の意見を汲み取ることが出来ました。

とはいっても大切な身内が亡くなってとなるとやはり辛いものがあり、葬式に対しても消極的になってしまいました。

やらなくてはいけないことに対しても頭が回らずなかなかできませんでした。

しかし、業者の方が動いて頂き、細かな点に対してもしっかりとやって頂き、非常に感謝をしております。

また、沢山の方に参列して頂き、私の祖父も喜んでいるのではないかと思います。

アットホームな通夜告別式

祖母が亡くなり、カルチャーパビリオン平安立花で通夜告別式をしました。
身内だけの小規模なものには十分過ぎる施設でした。

通夜の晩、私は幼少期以来30年ぶりに会うような親戚たちに囲まれ、かたくなっていました。

大往生だったというのもありますが、祖母が亡くなった哀しみより、久しぶりの親戚たちにどう接すればいいか、不安な気持ちの方が強かったです。

幸いこちらの親族控え室が、私たちの距離を縮めてくれました。

畳の綺麗な部屋で真ん中にローテーブルがあるだけなので、座ると必然的に親戚たちと顔を突き合わせる恰好となり、会話は自然発生しました。

通夜の料理は最上級のものを選んだ甲斐あり、とても美味しくいただきました。

打ち解けた親戚たちと談笑しながら、どこかで祖母が亡くなったのにこんなに笑っていいのだろうかという想いもありました。

翌日火葬を終え、遠縁の親戚が地元に帰るときに私に近づき、「ありがとう、楽しかった」と言いました。

葬儀に来て楽しいというのも妙なのかもしれませんが、私もその人と話せて楽しかったので、そう伝えました。

考えてみれば、我が家以外の親戚は片道4時間もかけて駆けつけてくれたのであり、どこか東京旅行気分もあったのでしょう。

実際彼らは東京スカイツリーに登ってから帰ると言っていました。

私は喪主の息子として、もっと彼らを楽しませることができたらよかったなと、いまは思っています。

あまり考えたくないですが、いつの日か喪主になったときには精一杯参列の皆様を盛り上げ、楽しませたいと思います。

この記事を書いた人

坪木 陽平(つぼき ようへい)

家族以外で一番近い存在に

数年前、祖父が亡くなった時両親と葬儀の準備を進めました。
初めて会う方には勿論、ご住職やご会葬者、葬儀社の方にも気遣いばかりで、気が付いたら葬儀は終わっていました。

振り返れば祖父を想いながらしっかり見送ってあげられなかったことが心残りです。
自分の経験からご家族の想いを大切にしたお見送りをしていただきたいと思っています。

私にはいつでも何でもどんなに些細なことでも、遠慮しないでおっしゃっていただける関係づくりを目指しています。

心に残ったこと

お葬式を終えてから半年経ったお客様から電話が来て「元気してるのー?寒くなったから風邪ひかないようにねー」と息子に電話するかのように気軽に連絡いただけたことです。

これからも一人一人との繋がりを大事にしたいと思わせてくれました。

出身:新潟県妙高市

趣味:ラーメン屋巡り、断捨離

好きな映画:「そして父になる」

好きな音楽:GLAY