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市川市のおすすめ斎場と葬儀体験談

市川市には、公営の斎場から寺院が運営している斎場まで、利用しやすい斎場が数多くあります。

わざわざ他の地域まで斎場を探しに行く必要がないので、葬儀を執り行いたいときにはとても便利です。

公営の斎場には火葬場が併設されているので、市川市内で葬儀から火葬まで全てを行うことができます。

いざというときのために、気になる斎場をいくつかピックアップしておくと良いでしょう。

市川市が運営している市営の斎場


市川市が運営している市営の斎場は、「市川市斎場」です。

市川市民なら斎場全ての施設を利用できますし、市川市民でなくても火葬場の利用ができます。

故人または喪主が市川市民であれば通常よりも低料金で葬儀を執り行えるので、
葬儀費用をできるだけ安く抑えたいと考えている人にとっても利用しやすい斎場でしょう。

市川市斎場は、通夜・告別式・火葬まで全て行うことができる斎場です。

近隣には市民霊園もあることから、地域市民からとても人気があります。

そのため、平日であってもすぐに利用することは難しく、4日~5日ほど待つことになりそうです。

どうしても希望通りの日程で葬儀を執り行いたい場合には、近くの斎場で葬儀のみ執り行い、火葬を行うときだけ市川市斎場に移動するのもひとつの方法かもしれません。

市川市のその他の斎場

市川市には、市川市斎場以外にも寺院が運営している斎場がいくつかあります。

長い歴史を持つ「徳願寺会館」は、大規模な葬儀に対応できる斎場です。

160人まで収容できる式場があるので、参列者が多い葬儀を執り行う場合には徳願寺会館を選ぶと良いでしょう。
駐車場も広いですし、宿泊も可能な施設になっています。

この他にも、「法伝寺明徳殿」や「源心寺会館」など、小規模・中規模な葬儀を執り行える斎場があります。

どの斎場も最寄り駅から徒歩で向かえる場所に立地しているので、参列者も集まりやすいでしょう。

火葬場は併設されていないので、火葬のみ市川市斎場で行うことになります。

市川市の葬儀体験談

葬儀社の方がプロ過ぎて「いいお葬式だったな」としか思えません

父の葬儀で、喪主は母でした。

母本人は父の死で動転してしまい、葬儀の運営を仕切ることなど到底無理だったので、子供である兄と私でまとめていくことになりました。

しかし我々にとってもお葬式を出すのは初めてです。
すべて葬儀社の方にお任せすることになりました。

幸い40年来の付き合いである幼なじみの家が葬儀社を経営しているため、そちらにお願いをしました。

いただいた見積もりは、全て含みで250万円でした。
お坊さんへのお礼を除いてです。

父は小さいながら会社の経営者だったため「それなりにしないと」とのことでした。

葬儀社の方は「父が亡くなったので、お葬式の手配をお願いします」と電話をするとすぐかけつけてくれ、見事なスピードでお棺や飾り物の準備をしてくれました。

肝臓が悪くて亡くなった方は、遺体からお水が出るからと、お棺の底には厚く布を引いてくれたりと、こまやかな心遣いもしてくれました。

葬儀場や火葬場、霊柩車の手配もすぐ完了し、我々は会場に赴くだけでした。

市の斎場です。
お通夜、お葬式と同じ部屋で行いました。

会場に到着してからも、友人の母である葬儀社の方がてきぱきと指示を出してくれたので、戸惑うことなく葬儀の進行が出来ました。

驚いたのは祭壇の大きさです。
こんなことを言うのは不謹慎かもしれませんが、まるで演歌歌手のステージのようでした。

父の亡くなった日に、あたふたと渡した遺影用の写真は、80インチのテレビのような大きさに引き伸ばされていました。

遺影のまわりには、ステージいっぱいに白と紫の花が飾られていました。
クリーム色がかった白と、薄い紫がやわらかく、やさしい雰囲気を醸し出していました。

参列の方は、ご近所のみなさんから、父の会社関係の方、友人など300人以上に及びました。

母は悲しみに暮れていましたが、参列してくれた方の中には
「お父さん頑張ったね。今日は頑張ったお祝いのつもりで来たよ」
と言ってくれた方もいました。

葬儀の後は、会場内の部屋で親族の食事会を開きました。

食事はありきたりのお弁当でしたが、お酒を飲みながら父の話をし、
まさしく参列の方が行ったように、お葬式というよりはお祝いという印象が残っています。

手慣れた葬儀社の方のおかげで万事スムースに進行し、よいお葬式だったな、と思えています。

葬儀の進行に気をもむことなく、父への思いにふけることが出来たからです。

火葬場でのお別れはさすがに涙が飛び出ましたが、悲しいというよりも、父に感謝の気持ちでいっぱいになった2日間でした。

東京都内からも近く、利便性が非常に良い葬儀場

千葉県市川市にある葬儀場に参列をした経験があります。

市川市は東京都内から向かうと、江戸川を越えたところにあります。
葬儀場は駅からすぐの場所にあり利便性が非常に良かったです。

ホテル施設の様な豪華な造りで、落ち着いた気持ちで待機することができました。

葬儀場は広く、大小さまざまな規模に対応されているとの事でした。

故人は先生であった事から、生徒や学校での写真が多く飾られていて、生前慕われていることを感じました。

花祭壇の花は美しく綺麗な空間を作り出していました。

それまで古い施設にしか行ったことがなかったので、ホテルの様な空間やきらびやかな花祭壇の演出には驚きましたが、故人が多くの人から慕われていたことが感じられる葬儀でした。

叔父の葬儀を市川市でしめやかに執り行いました

叔父の葬儀を市川市でしめやかに執り行いました。

葬儀は教会で執り行われました。
荘厳な雰囲気の中、多数の親族でお別れの会が執り行われました。

長年、叔父は癌で苦しんでおり、何かに頼るためにキリスト教に入信しました。

キリスト教に入信する前は、癌の苦しみが辛く、生きることに糧を見出せていなかったようでした。

ですが、義母がキリスト教であり、叔父にキリスト教の教えを説いたところ、
これなら癌の苦しみから少しは解放されるということで入信となりました。

入信してからはいつも聖書を読み、癌の苦しみから解放されていたようです。

教会での葬儀では、神父さんが叔父が天国に行けるように一生懸命祈ってくれました。

良い葬儀ができたと思っています。

祖父と祖母の葬儀で体験した苦労したこと初めてなこと

私はここ三年近くで祖母と祖父を亡くしました。

祖父に関しては丁度三年前で、私が仕事が終わった時に、親からの突然の電話でした。
頭が真っ白になったことは覚えてます。

そこからがとても大変でした。
急に亡くなった場合は、時間が経つと体自体が腐ってきてしまう為、早くお葬式の予定を組まないといけません。

私も仕事を休んで急いで実家に戻り、準備を手伝いました。

なんとか、お葬式の準備ができ、お通夜も行いました。
お葬式も火葬もあっという間でした。

祖母がとても悲しい顔をしていた事もすごく覚えています。

それから1年後に祖母も亡くなりました。
流れは前と同じで大変ではありませんでしたが、自分の人生の中でこれ以上辛かった3年間はありませんでした。

人はこんなにも簡単にも亡くなるのだと実感しました。

二つの葬儀は、昔から付き合いがある方にやってもらったことでスムーズにできました。

家族だけで温かく

参列した葬儀は、親族のみが参列するものでした。

葬儀場もそこまで大きいところではなくこぢんまりとした部屋で、とても暖かい雰囲気で、故人の思い出話をゆっくりしながら最後のお別れをすることができました。

大きな葬儀場でたくさんの参列者がいる葬儀にも参列したことがありますが、その雰囲気とはだいぶ違い、参列後にとても悲しい気持ちなのだが、どこか心が温かくなるような気がしました。

大きな葬儀場では、ゆっくり喪主の方とお話をすることもできませんし形式ばったものになりがちです。

しかし、小規模な葬儀はゆっくりと故人の話をすることや、
いたわりの言葉をかけることもでき、とても穏やかにお別れができたように思います。

この記事を書いた人

坪木 陽平(つぼき ようへい)

家族以外で一番近い存在に

数年前、祖父が亡くなった時両親と葬儀の準備を進めました。
初めて会う方には勿論、ご住職やご会葬者、葬儀社の方にも気遣いばかりで、気が付いたら葬儀は終わっていました。

振り返れば祖父を想いながらしっかり見送ってあげられなかったことが心残りです。
自分の経験からご家族の想いを大切にしたお見送りをしていただきたいと思っています。

私にはいつでも何でもどんなに些細なことでも、遠慮しないでおっしゃっていただける関係づくりを目指しています。

心に残ったこと

お葬式を終えてから半年経ったお客様から電話が来て「元気してるのー?寒くなったから風邪ひかないようにねー」と息子に電話するかのように気軽に連絡いただけたことです。

これからも一人一人との繋がりを大事にしたいと思わせてくれました。

出身:新潟県妙高市

趣味:ラーメン屋巡り、断捨離

好きな映画:「そして父になる」

好きな音楽:GLAY