【東京葬儀】「ちょうどいい家族葬」専門店

松戸市のおすすめ斎場と葬儀体験談

松戸市には、市が運営している公営の斎場があります。
松戸市民なら誰でも利用できる斎場で、葬儀費用も安くなります。

葬儀費用をできるだけ安く抑えたいと考えている場合には、公営の斎場をチェックしてみると良いかもしれません。

また、公営の斎場以外に寺院が運営している斎場もあり、比較的大きめな式場が備わっています。

中規模~大規模な葬儀も執り行うことができるので、執り行いたい葬儀の規模に合わせて斎場を選んでいきましょう。

松戸市が運営している公営の斎場

松戸市には、市が運営している公営の斎場が2つあります。

ひとつは「松戸市斎場」で、火葬場も併設されている大きな斎場です。
故人または喪主が松戸市民である場合、低料金で利用できる便利な斎場です。

遺体を預かってもらえ、必要な場合には宿泊もできる斎場なので、あらゆる形の葬儀に対応していけるでしょう。

第一式場は50人収容可能、第二式場は100人収容可能なので、大規模な葬儀を執り行いたい場合にも利用できそうです。

また、「一友会館」も公営の斎場となっています。

一友会館は、松戸市本町自治会が運営している斎場ですが、松戸市民でなくても比較的リーズナブルに利用できます。

小規模から中規模な葬儀向けの斎場で、最寄りの駅から近くて便利なこともあり、人気が高い斎場です。

ただし、一友会館には火葬場が併設されていないので、火葬を行うときには松戸市斎場に移動することになります。

松戸市のその他の斎場

松戸市には、公営の斎場の他に「萬福寺会館」があります。
寺院が運営している斎場で、宗教・宗派を問わず葬儀を執り行えます。

最寄りの駅から距離があるので、タクシーや自家用車で向かうことになると思いますが、
貸し切りで使える式場があって利用しやすい斎場です。

遺体安置ができ、通夜のときには付き添いの宿泊も可能です。

火葬場が併設されていない斎場なので、火葬を行うときには最寄りの松戸市斎場に移動します。

松戸市の葬儀体験談

友人の代表として前に立つ機会を頂きました。

先月の末頃、小学校のころ仲の良かった旧友が不治の病で亡くなりました。

その病気に関してはずっと前から聞かされていたので知っていたのですが
突然の訃報には戸惑いを隠せませんでした。

その旧友の葬儀では小学校のころ仲の良かった友人代表としてスピーチをさせていただく機会がありました。

そのような機会は初めてで、重苦しい空気の中、
どのような話をすればいいのか試行錯誤しましたが、ひとつに決めました。

それは小学校のアルバムのページを参列者のみなさんに紹介するというかたちです。

参列者の中には亡き旧友の幼かったころを詳しく知らない方もいらっしゃると親族の方から聞いたのでちょうどよいと思いました。

葬儀は無事何事もなく終わりました。

写真展覧会

私のいとこは写真家でした。
そんな彼が、54歳という若さで人生を終えてしまいました。

私はそのいとこの葬儀に参列しただけなのですが、その葬儀の中でとても心に残った印象深い演出があります。

それは彼の棺桶の場所から葬儀場の出口に向かう途中に、彼が生前撮った写真が壁一面に飾ってあったことです。

いとこは風景写真家で、とてもきれいな花や緑の写真をたくさん写真に収めていて、その通路は息をのむ美しさがありました。

その美しい写真の中に、彼自身の写真も飾ってあり、まるでその通路が彼の人生そのものなのではないかと考えさせられました。

写真の中のいとこの表情もとともほほえましく笑っており、幸せな人生だったのだろうと感じました。

故人に想いを乗せて送り出す葬式

以前私は松戸市に住んでいた祖父を亡くしてしまいました。

その頃は私は小学校6年だったのですが、東京都内の方に住んでいたので、
お通夜も参加出来ず、葬儀と骨を焼く時に火葬場にだけ参加しました。

葬儀は一番上の孫だった私が、お悔やみの言葉を読み上げました。

読み上げているうちに楽しかった思い出などが蘇り
気持ちが高ぶってしまいましたが、そこは必死に抑えて努めて冷静によみあげました。

私が取り乱した様子もなかったので周りの親族もよくできたお孫さんねえと言っていました。

しかし、火葬場で祖父の骨を親族たちと一緒に拾っている時に、
急に自分の祖父はいなくしてしまったんだ、と実感して吐いてしまいました。

その時の事は深く心に残っております。
人の死を実感した瞬間でした。

そんな時、周りのスタッフは自分を休ませてくれて、
体調が優れてきた時に骨壷を持たせてもらえました。

私は祖父に黙祷をしました。

松戸市だからというわけではありませんが、

友達が事故で他界し、葬儀を行われた際のコトです。

事故でしたので、余りにも急で皆下を向いて黙ってましたが。
御坊様の優しい声、言葉が心に響きすぎて涙が止まりませんでした。

そのうち雨が降り出し、嵐のようになってきました。
雷もなり出して、本当の嵐になりました。

皆車だったので帰りが大変だなぁ、なんて思ってたら、御坊様が、
”空が荒れると言うのは天に召されたお友達からの返事ですよ。”
”皆の気持ちが嬉しい”
との言葉。

その言葉が終わるか終わらないかの時に豪雨が雪になりました。

御坊様もびっくりして”この季節にこのような大雪が降るなんて”と仰ってました。

雷(稲光)は相変わらず鳴り響いてます。
私自身、雷雨の経験は当然有りますが”雷雪”は初めてでした。

御坊様はまた静かに、
”僕は大丈夫だから皆はがんばりな”
とこの雪と雷と稲光でつたえているのだと仰りました。

演出でも何でもないので主旨と離れてしまってますが、とても良い経験ができたと思ってます。

その後の法事でも、そのお坊様の話を聞くのが楽しみでした。

驚きを隠せませんでした

友人のお父様がお亡くなりになり、通夜は行けなかったので告別式へ参列。

前日通夜に行った友達から凄い人数だったと知らされ、先人の人柄がにじみ出ているのだなぁと思い
幼い頃から社会人になってもお世話になったお父様でしたので、しっかりとお別れしようといざ告別式へ。

本当に大人数で会場に入りきれない程の人数でしたが、早めに行ったから座れて良かったです。

定刻となり、始まるとセレモニーの司会者から「故人の強い願いで友人葬となります」とのアナウンス。

友人葬って何?と思っていたら、住職ならぬ普通の背広をきたおじさんがお経を詠み始めました。

それに続く周りの大合唱!カンペもないのに皆さんすらすらとお経を詠みます。

私だけポカーンとなっていました、あまりの場違いさに恥ずかしくなりお焼香を上げたら席には戻らずロビーへ。

ちなみに皆さんお経を唱えながらお焼香を上げていました。
(私はノーマル方式で済ませました)

ロビーへ出たら、会場に入りきれない方々も大合唱!もう怖いとしか言いようがありませんでした。

後から聞いた話ですが、友人一家は有名な宗教団体の会員でした。
大合唱は読経というらしく丸暗記しているのは当たり前だとか…

こんな異様なお葬式は初めてでした。

この記事を書いた人

木南 健(きなみ たけし)

後悔を残さない最期を

数年前に父が急死した際、今の仕事に就いていればどれだけ母や兄妹の支えになれたのだろうと考えることがあります。
過去は変えることはできません。

あの日、抱いた悲しみや不安の根底にあったものは父をしっかり送ってあげたいという想いです。

同じように、大切な人との別れによる「悲しみ」「不安」を抱く方々の支えとなり、その根底にある「大切な想い」を形にするお手伝いができればと思っています。

心に残ったこと

まだ駆け出しの新人だったころ、お葬式が終わった後、喪主様に笑顔で力強く握手をされたことです。

期待にお応えできたんだと言葉以上に感じることができ、とても嬉しかったです。

出身:岡山県岡山市

趣味:弓道、読書

好きな映画:「サトラレ」

好きな音楽:BEGIN