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最近の霊柩車事情

「霊柩車」について解説します。

ほとんどの方が人生の終わりに乗る霊柩車ですが、実は種類も多く、地域差、歴史などは意外と知らずにいるものです。

最近人気のタイプについてもご紹介します。海外の霊柩車の小ネタもお教えします。

霊柩車の種類

亡くなった方が人生の最後に乗る車、「霊柩車」。

葬儀では斎場と火葬場が隣接している場合を除き、ほとんどの場合に使われます。

葬儀場と火葬場がとても近い場合も、少しでも公道を移動する場合は、霊柩車は必須です。

この「霊柩車」、何種類かありまして、大きく「和型」「洋型」にわかれます。

和型(宮型霊柩車)

「和型」の霊柩車は、昭和の時代におなじみだった、建物のような屋根があるもので、これを「宮型霊柩車」と言います。

白木でできたもの、黒檀でできたものなど、素材も細工もさまざまです。

黒い漆などつやのある塗装に、金色の装飾を施したものや、全体が金色のもの、さらに上に彫刻がのって凝った飾りがあるものなど、バリエーションがあります。

地方によって差異が大きく、赤いものも使われます。

一点ずつ手作りされる工芸品です。
外側だけではなく、内側も、和風の内装が施され、厳粛な雰囲気をかもし出しています。

ベースカーの車種は「センチュリー」など、ベースも高級車です。
1980年代には「クラウン」もありました。

洋型・その他の霊柩車

「洋型」の霊柩車は、西洋の遺体を護送する車のスタイルです。

高さはありませんが、後部が大きく開き、遺体が乗るスペースを設けてあります。

後部の増築した部分の外装は革張りです。
ひかえめに装飾が施されたものもあります。

和型よりさりげないですから、平成の世の中では、宮型よりも好まれます。

ベースカーは「ベンツ」「キャデラック」「タンドラ」「センチュリー」「ボルボ」などの高級車です。

洋風の「霊柩車」も、大掛かりな改造が必要なので、屋根の装飾がなくても、手作りで丁寧に作られます。

洋式は、改造車の上に凝った装飾が乗りますので、洋型より高価になります。
洋型は、高級感がありつつも、それよりは費用が少ない場合が多いです。

昨今では、黒だけではなく、「白い霊柩車」もあります。

1980年代には、「グロリア」や「セドリック」も使われました。
「クラウン」も人気がありました。

「洋型」のバリエーションですが「寝台霊柩車」と言う種類もあります。

病院で亡くなられた場合の、自宅や斎場へのご遺体の搬送は、このタイプが使われます。
出棺前の、ご自宅から斎場への移動にも使われます。

高級ワゴンを改造した霊柩車で、出棺のときに使う「洋型霊柩車」よりも、さらにさりげないです。

車種は「クラウン」や「エスティマ」が使われます。

ボディーカラーは、黒だけではなく、ネイビーブルーの霊柩車もあります。

キリスト教の教会へのご遺体の搬送では、ネイビーブルーの車を使う場合もあります。

地域によっては、「マイクロバスの霊柩車」があるところもあります。
故人と葬儀の参列者が一緒に火葬場へ向かえる霊柩車です。

マイクロバスの後部にご遺体が乗車できます。

地域差が大きいのも霊柩車です。
特に「宮型」に特徴があります。

「赤い霊柩車」は名古屋や北陸地方で使っているところがあります。

東京は黒塗りより白木が人気です。
マイクロバス式は、関西では人気です。

霊柩車の歴史

~大正

「ご遺体をどうやって運ぶか」は、葬儀において、重要な問題です。

安全面でも、故人の尊厳を守るためにも、最後のドライブを安全に、儀式の厳粛さをもって走る霊柩車は適しています。

古くは、棺は、人の手で運ばれ、村のはずれにある墓地に埋葬されるものでした。

その後は、大八車に似た「棺車」に変わり、葬儀の文化の変遷とともに、装飾を施した「お輿」で運ぶようになりました。

この「お輿」が「宮型の霊柩車」の原型になったものです。
野辺送りの「お輿」は葬儀に使われる祭壇の原型にもなりました。

「宮型霊柩車」でお輿と自動車が合体したのは、大正時代後期から昭和の交通事情によるものです。

1917年ごろに、大阪の葬儀社が考案したものが、全国に広まりました。

当時は、建築にも「和洋折衷」が流行していましたので、伝統を生かしながらも新しい組み合わせは、民衆に受け入れられました。

昭和初期には「パッカード」を改造したものが好まれました。

「宮型霊柩車」の意匠には、仏教にまつわるものや、極楽浄土のモチーフが多いです。

大正時代には、交通機関が発達し、道路の混雑がいちじるしくなり、今までの野辺送りが難しくなった、と言う事情もありました。

歩いてみなで送ってあげられなくなった時代に合わせて、自動車にお輿を乗せたスタイルが考え出されたのです。

昭和~現在

昭和から平成に始まりにかけて、「霊柩車」は「葬儀の象徴」としての地位を得ました。

それにより、今度は人々に「死」をイメージさせるものとして、忌避されるようにもなりました。

「斎場」の周辺の住民が、霊柩車が自宅の近所に頻繁に通るのを嫌い、斎場自体への「宮型霊柩車」の乗り入れを禁止する葬斎場も多くなりました。

昨今では「洋式の霊柩車」が主流になり、「宮型霊柩車」を知らない世代も増えました。

いくらかは、伝統の見直しとして、再度、受け入れている施設もあるようですが、一時は8割上の普及率を誇った「宮型」は「洋式」に、活躍の場を譲ることになりました。

「洋型霊柩車」の普及の後押しになったのが、昭和天皇の崩御の際に、「洋型霊柩車」が使われたことが、理由のひとつとしてあります。

それまでの、和型の方が格式があるのではないか、故人に失礼なのではないか、と言う観念がくずれました。

もとより、海外外では普通に使われていますので、両者に上下はありません。
ですが、天皇陛下が使われたことで、イメージがアップしたとは言えます。

近年の流れ

このごろでは、黒や金色にとらわれない「白い霊柩車」が人気です。

お葬式に白? と、言う方もいらっしゃるかもしれませんが、葬儀に白を使うことも古くは珍しくありませんでした。

現代の「白い霊柩車」は、黒の重いイメージを払拭した自分らしい選択として選ばれています。
エレガントなイメージがあり、女性に特に人気があります。

霊柩車の運転は、一般貨物自動車運送事業(霊柩限定)の許可を受けた業者の選んだ運転手が担当します。

人数は少ないですが、女性の霊柩車の運転手さんもいらっしゃいます。

ご遺体は法的には貨物に分類されます。
マイクロバス型など人も乗せる場合だけ、二種免許が必要です。

葬儀業界では、減りつつある「宮型霊柩車」を惜しむ声も多いです。

日本人独特の死生観が凝縮され、地域の特色も残った様式を、何とか残したいという声も聞かれます。

世界の霊柩車

各国では、ご遺体をどうやって運んでいるのでしょう。

現代でも、チベットでは、風葬をするのにご遺体を馬に乗せて運びます。

インドでは、棺に入れず、人が担いだり、板などに載せて運ぶことも多いです。

フィリピンでは徒歩で移動する遺族を先頭に、霊柩車がゆっくりと移動して、パレードのようなにぎやかなお葬式をします。

台湾も車の列がゆっくり走り、爆竹もたかれるようです。

ブラジルはパレードのイメージがありますが、暑すぎてご遺体がいたんでしまうので、24時間のうちに手早く、火葬か埋葬されてしまいます。
特に運搬の様式はないようです。

霊柩車を使う国で、特に決まりがない国では、コスプレ用の車のような、変わっていて自由な霊柩車もあります。

映画モチーフや、好きな車やバイクを改造したものを作っている方も、たくさんいらっしゃいます。

サイドカーや、バイクで牽引する「霊柩車」は、展示用だけではなく、バイク愛好家によく利用されています。

日本の「宮型霊柩車」は、海外からはアーティスティックな霊柩車として捉えられ、欲しがる方も少なくありません。

ですが、霊柩車に関しては、手作りの改造車であり、自治体の台数制限があり数が少なく、とても高価なので、海外に持ち帰るのはハードルが高いようです。

この記事を書いた人

木南 健(きなみ たけし)

後悔を残さない最期を

数年前に父が急死した際、今の仕事に就いていればどれだけ母や兄妹の支えになれたのだろうと考えることがあります。
過去は変えることはできません。

あの日、抱いた悲しみや不安の根底にあったものは父をしっかり送ってあげたいという想いです。

同じように、大切な人との別れによる「悲しみ」「不安」を抱く方々の支えとなり、その根底にある「大切な想い」を形にするお手伝いができればと思っています。

心に残ったこと

まだ駆け出しの新人だったころ、お葬式が終わった後、喪主様に笑顔で力強く握手をされたことです。

期待にお応えできたんだと言葉以上に感じることができ、とても嬉しかったです。

出身:岡山県岡山市

趣味:弓道、読書

好きな映画:「サトラレ」

好きな音楽:BEGIN