投稿日:2015-12-26 更新日:2018-05-07

ご遺族の注意点から参列者のマナーまで、天台宗の葬儀まとめ

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一口に仏教といっても、実はさまざまな宗派が併存しています。

平安時代までに日本に伝わった代表的な宗派を八宗といいますが、そのうちのひとつが天台宗です。

ここでは、天台宗のお葬式やその教えについて簡単に説明します。

天台宗でお葬式をあげるときの決まり

天台宗のお葬式では、祭壇の上部に本尊である釈迦如来や極楽浄土へ導く阿弥陀如来の掛け軸を飾ります。

右側に天台宗の開祖である天台大師、左側に日本へ天台宗を伝えた伝教大師(最澄)が飾られる場合が多いでしょう。

ただし葬儀ホールの都合によっては、本尊が飾られないケースもあります。

天台宗の葬儀は、他の多くの宗派と同じように、故人に戒名を授け、仏弟子になってもらう儀式から始まります。

まずはその場を水や香りで清め、剃髪の儀式を行います。
次に授戒の儀式を行い、引導に移ります。導師に引導を渡してもらい、仏の教えに導かれることになります。

引導では、導師がたいまつを模した棒を振りかざして一音叫ぶその前に、故人の人となりなどを旅立ちのはなむけとして紹介するのが一般的です。

お経のような言葉ではありますが、比較的聞き取りやすいため、遺族は注意して耳を傾けましょう。

天台宗の数珠は、男女を問わず珠の部分が丸くなく、碁石のように平たいのが特徴です。

ただ、高価であることも多いため、一般的な片手念珠を持っていればそれで充分で、わざわざ買い求める必要はありません。

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天台宗のお葬式に参列するときのマナー

天台宗のお葬式に出るときには、香典の表書きに「御霊前」と書きましょう。
四九日までは故人の魂が成仏せず漂っているという考えから、「霊」を使うのです。

四九日を過ぎると、「霊」が「仏」になり、「御仏前」と書きます。

ただ、前知識を仕入れていても、突然のこととなると「御霊前と御仏前、どっち?」と困ってしまうことになりがちです。

そんなときは「御香典」と書いて差し支えありません。
これは、天台宗に限らずどんな宗派にもいえることです。

会葬者の数珠はどのような種類のものでも結構ですから、自分の宗派に則ったものや手持ちのものを持って行きましょう。

天台宗の焼香は、正式には3回です。
これは、仏・法・僧の3つに帰依するという考え方から来ているといわれることが多いですが、解釈はさまざまです。

実際には、焼香は1回ないしは3回と司会者から案内されることが多いでしょう。

抹香をつまんで額におしいただいてから、静かに香炉へくべます。
その後、祭壇や遺影を仰ぎ、合掌して祈りを捧げ、遺族らと導師に一礼してから席に戻ります。

線香の場合は寝かせず、1本または3本を立ててお供えしましょう。

ただし、司会者から焼香回数の案内がない場合は、自分の宗派に則った焼香を行って構いません。

天台宗の歴史

もともとは中国の僧、智顗が確立した大乗仏教の宗派です。

日本に伝わったのは奈良時代で、唐の僧鑑真が来日した際に天台宗関連の書籍等を持ち込んだのがきっかけでした。
しかし、当時は日本に定着しませんでした。

その後、最澄が唐に渡り天台教学を学び、「円(天台教)」「密(密教)」「禅」「戒」の四宗を融合させる事によって、日本独自の天台宗を誕生させました。

帰国後、最澄は比叡山に寺院を建て宣教を始めます。
日本での天台宗の始まりは、実質的にはこの時点であるとされています。

最澄没後も、弟子が後を継ぎ天台宗は大いに栄えます。
密教も体系的に整備され、後に東密(真言宗の密教)に対して台密(天台宗の密教)と称されるようになりました。

平安末期から鎌倉時代はじめにかけては、法然(浄土宗)・栄西(臨済宗)・親鸞(浄土真宗)・道元(曹洞宗)・日蓮(法華宗)といった、各宗派の開祖たちが比叡山で学びました。

このことから、後に比叡山は日本仏教の母山と呼ばれるようにもなります。

その後、比叡山延暦寺は織田信長の焼き討ちにあい、一時その宗勢に陰りが見えました。

しかし江戸時代になり、天海という僧が現れます。
徳川幕府の成立にも大きくかかわったとされる天海は、徳川家康の懐刀とも言われ、幕府の力を背景に天台宗を復興させました。

さらに明治初年の神仏分離や廃仏毀釈の苦難を乗り越え、今日に至っています。

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天台宗の教え

智顗が確立した中国の天台宗は、法華経をベースにしています。

一方、最澄が開いた日本の天台宗は、智顗の説を受け継ぎ法華経を中心としつつも、禅や戒、念仏、密教の要素も含んでおり、仏教のあらゆる面を網羅した宗派であるとも言われます。

法華経(妙法蓮華経)とは大乗仏教の経典の一つで、天台宗以外にも日蓮宗、禅宗でも大事にされているものです。

大乗仏教では、「菩薩」と呼ばれる特徴的な人格が登場します。
菩薩の修行の目的は、自らの解脱を得るためではありません。

彼らの最大の関心事は、自分自身よりむしろ全体の幸福にあるのです。

それゆえ、菩薩はその修行によって無限に他者を救済することのできる完全な利他的心身(=仏)を求めます。

利他が動機であり目的でもある菩薩にとっては、仏となることさえ手段にすぎないわけです。

このような考えを、偉大な乗物によって全てのものを救っていく教えとして「大乗仏教」と呼ばれています。

法華経では、仏は人々の違いに応じて様々に教えを説きますが、どの教えによっても「完全なる仏陀の悟り」という一つの乗物に導かれるのだと明かしています。

仏教教団最大の反逆者でさえ、将来は仏となって多くの人々を教化するのだと告げているのです。

この法華経の視点に立てば、仏の教えに触れたものはいかなる者でも、またいかなる形式の教えに依拠しようとも、いずれは必ず菩薩の道を経て仏となるのであり、何ひとつとして切り捨てられるべきものはないということになります。

この思想は「法華一乗思想」というもので、天台宗の思想的根幹をなすものです。

除夜の鐘

東密と台密の相違点

密教とは、読んで字のごとく「秘密の教え」のことを意味し、一般的には大乗仏教の中の秘密教を指しています。

一人の弟子に対して一人の師匠がつき教えを説いていく、いわゆる口伝であるのが、秘密といわれる由縁です。
日本で代表的な密教として挙げられるのは、真言宗や天台宗です。

真言宗の密教は、空海が東寺(教王護国寺)を真言密教の根本道場としたことから、東密と呼ばれます。
それに対し、天台宗の密教は台密と呼ばれています。

東密も台密も、密教という部分での実践面(事相)や基本的な修行法はほぼ同じです。
他にも、顕教の教主としての釈迦如来が説いた教典よりも、密教の教主である大日如来が説いたとされる密教経典の方が一段勝れていると説く点も共通しています。

しかし、異なる点も多々あります。

まず、両者のなかで密教の置かれている位置は全く違います。
東密において、密教は真言宗そのもの、全てが密教です。

ところが、台密において密教は、あくまで法華経の教えの一部として扱われているにすぎません。

そして何より違うところは、東密では他の仏教(顕教)とは全く違う仏教として密教を位置づけていますが、台密では密教は顕教と同じ位置づけとし、「顕密一致」の立場をとっている点です。

また、東密では大日如来を全ての宇宙を成り立たせている根源仏「法身仏」として教主とし、全ての教えはこの大日如来、すなわち根源の教主から直接、法を学ぶとしています。

一方天台宗の修道理念は、法華経の説く久遠実成の釈迦如来の教えとその実践であるとしています。

この記事を書いた人

tsuboki

坪木 陽平(つぼき ようへい)

家族以外で一番近い存在に

数年前、祖父が亡くなった時両親と葬儀の準備を進めました。
初めて会う方には勿論、ご住職やご会葬者、葬儀社の方にも気遣いばかりで、気が付いたら葬儀は終わっていました。

振り返れば祖父を想いながらしっかり見送ってあげられなかったことが心残りです。
自分の経験からご家族の想いを大切にしたお見送りをしていただきたいと思っています。

私にはいつでも何でもどんなに些細なことでも、遠慮しないでおっしゃっていただける関係づくりを目指しています。

tsuboki
心に残ったこと

お葬式を終えてから半年経ったお客様から電話が来て「元気してるのー?寒くなったから風邪ひかないようにねー」と息子に電話するかのように気軽に連絡いただけたことです。

これからも一人一人との繋がりを大事にしたいと思わせてくれました。

出身:新潟県妙高市

趣味:ラーメン屋巡り、断捨離

好きな映画:「そして父になる」

好きな音楽:GLAY

東京葬儀
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